大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和24年(ネ)789号 判決 1950年12月11日

控訴人 原告 藤沼藤七郎

被控訴人 被告 吉田村長 岩瀬鉾太郎

訴訟代理人 伊沢庚子郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人が昭和二十四年八月八日控訴人にたいして、「昭和二十四年産麦類供出個人割当通知書」と題する昭和二十四年七月三十日附書面の交付によつてなした小麦十四表十貫九百五十匁の売渡し命令を取消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文と同趣旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人において「食糧確保臨時措置法第七条第一項は食糧管理法第三条第一項の規定による米麦等の供出義務発生の有効要件を定めたるものなればその規定に従わない売り渡しの指示は法律に定めた要件に適しないものであつて、なんらの効力なき筋合である。被控訴人において、右規定による適法な農業計画の指示が適法に控訴人に到達したとの主張立証なきにかかわらず原裁判所が控訴人敗訴の判決をするに至つたのは、立証責任の分配に関する法則を誤解したのであろうか。原裁判所の思考の筋を解するに苦しむ」と述べ、被控訴人において

(一)甲第一号証の一、二は被控訴人が食糧確保臨時措置法(以下食確法)第五条の規定により定めた、控訴人に対する昭和二十四年産麦類農業計画の同法第七条第一項の規定による指示である。(二)[皀卩](2) 右農業計画は被控訴人が昭和二十三年九月二十五日村農業調整委員会の議決を経て定めたものであるが、これに依れば、控訴人の作付反別六反二畝反収三俵収穫高十八俵保有量種子共三俵差引供出量十五俵にして、肥料農薬または農機具等は、村にたいして割当てられたものを、各生産者の作付反別に応じてその都度配給するものとした。(2) 右農業計画中肥料等の配給に関するものを除き、其の他の部分は昭和二十三年九月中食確法第五条第三項に従て公表した。控訴人はこれにたいして異議の申立をしなかつた。(3) しかるにその後昭和二十四年七月二十四日栃木県知事から災害による補正量の割当があつたので、村農業調整委員会の議決を経て、村内生産者に対し一律に補正することに決し、食確法第八条の規定の趣旨に従つて控訴人にたいする供出割当量を十四俵十貫九百五十匁と変更した。(4) 甲第一号証の一、二は控訴人にたいする右農業計画中の供出割当数量に関する部分のみを指示したものであつて、肥料農薬農機具等の配給に関しては、昭和二十三年九月中に別途口頭を以て指示しまた右農業計画中の、さきに昭和二十三年九月中公表した作付反別、反収、収穫高、保有量の点の食確法第七条第一項による指示は控訴人にたいしては、全然しなかつた。(三)生産者にたいする農業計画の指示は、事がらの性質上、その計画全体を、生産着手前にすべきが至当なりと思料される。しかるに本件では、右のごとく計画中の肥料等の配給に関する部分は、昭和二十三年九月中にこれを指示したが、作付反別、収穫高、保有量の点に付ては全然これをなさず、供出割当量に付収穫後の昭和二十四年八月八日になつて甲第一号証の一、二をもつてこれをなしたのであつて、その妥当の措置でなかつたことは、被控訴人も認める。しかしその公表手続は生産着手前の昭和二十三年九月中に行われ、当時控訴人は自己にたいする農業計画の内容を知つたものとみるべきであるから、自己の生産計画には少しのさしつかえもなく、従つて、たとい時機に遅れたとの不当はあるにもせよ、甲第一号証の一、二による農業計画中の本件供出割当数量の指示は、食確法第七条第一項の規定に適合する指示としての効力を有するものと解すべきである。食確法第七条第一項が、農業計画の公表の外に、生産者に対する指示をも命じているわけは、もつぱらその指示に食管法第三条第一項の指示としての効力をあたえようとするにあり、このことはこの指示にたいしては異議権を認めていないことによつても明かである。しからば、食確法第七条第一項の指示は本件のごとく、農業計画の適式なる公表があつた場合には、必ずしもその計画全体を一括して指示すること、及びその指示が生産着手前になされることは、望ましき事ではあるが、そうでなかつたからといつてその効力にはなんらのさしひびきも及ぼさないものと解すべきである。従つて本件甲第一号証の一、二の指示により食確法第七条第三項の規定に従い食管法第三条第一項の規定による供出数量たるの効力を有すべく、生産した麦類の現在せざるが如き場合に生産者か具体的に供出義務を負うか否かは、自ら別個の問題だと考える。(四)控訴人は食確法第二条第三項の生産者である。控訴人は本件当時水田二反歩畑一反歩(内小麦作付五畝歩外野菜類作付)を耕作していたのであるから、この範囲において生産者であつたことは疑ない。ただ控訴人は本件農業計画に係る畑六反二畝歩は耕作の意思がなかつたというのであるが――農業計画を定める当時被控訴人はこれを知らなかつた――抽象的に生産者たるものが現に麦類作付に適する農耕地を所有し敢てこれを解放せず賃貸もしない場合に村長がこれにたいし農業計画を定め、土地所有者がその計画を知つた以上、それによつてその所有者は計画実施の義務を負担すべきもの、いいかえれば、食確法上生産者とみなすべきことは食確法の精神に照らして当然と信ずる。

なお、控訴人は「本件供出割当の対象とされた畑に麦を作らなかつたことは認める」と述べ、控訴人において、「控訴人は本件供出割当の対象とされた畑に麦を作らず、自家用野菜を作つた、被控訴人が控訴人に関する農業計画を公表したとの被控訴人主張の事実は否認する。控訴人に関する農業計画にたいし控訴人は異議を申立てはしなかつた」と述べたほか、原判決事実摘示と同一である。

証拠として控訴人は甲第一号証の一、二(原本)甲第二号証(原本)甲第三号証甲第四号証の一、二甲第五号証(原本)甲第六ないし十号証甲第十一号証の一、二を提出し(原本と注したもの以外は写で提出)、乙第一号証の一は成立を認めるその余の乙号証の成立は否認すると述べ、被控訴人は乙第一号証の一、二乙第二、三号証を提出し原審における被控訴人指定代理人藤沼純二訊問の結果及び当審証人藤沼純二の証言を援用し、甲号証中写で提出したものについては原本の存在並にその成立を認める、その他の甲号証の成立を認めると述べた。

理由

被控訴人が昭和二十三年九月中食糧確保臨時措置法(以下かりに食確法という)第五条によつて、吉田村の区域内に住所を有する生産者別の、昭和二十四年産麦類農業計画を定め、控訴人に係る農業計画として、作付反別六反二畝、反収三俵、収穫高一八俵、生産者保有量〇、八一石、種子〇、三一石、供出割当量一五俵と定めたこと、その直後同月二十五日か二十六日に吉田村役場の掲示板に右農業計画を記載した書面を掲示したことは、当審証人藤沼純二の証言及びこれによつて成立を認める乙第二号証によつて認めることができ、右掲示によつて、前記法条に要求されている公表がされたと認めるのが相当である。この農業計画にたいして控訴人が異議申立をしなかつたことは本件当事者間に争がない。従つて、被控訴人がつぎになすべき措置は、食確法第七条に従つて、控訴人にたいして右農業計画を指示することであるが、右農業計画の公表のあつた日から十日を経た後昭和二十四年八月八日の甲第一号証の一、二の書面の交付までの間に前記農業計画に定めた作付反別反収、収穫量、生産者保有量、種子、供出割当量を控訴人に通知しなかつたことは被控訴人の自白するところである。被控訴人は甲第一号証の一、二の交付による通知をもつて、前記農業計画に定めた供出数量を同法第八条によつて変更した供出数量を通知したのであつて、農業計画の指示であると主張するけれども、農業計画は主要食糧の生産及び供出を確保するために生産数量及び供出数量の割当等を行うために定めるものであつて(食確法第一条参照)、その性質上その農業計画の目的とする特定年度の特定の主要食糧の生産のための作業の開始前に定めかつ生産者に知らしむべきものであるから、前記甲第一号証の一、二の交付のごとく昭和二十四年度の麦類の収穫季をすぎた時である昭和二十四年八月八日になされた供出数量の通知をもつて、その年度の麦の農業計画に定めた供出数量の、食確法第七条第一項の指示とすることは、ものの道理に反するところであつてとうてい採用し得ない見解である。以上の次第で、被控訴人は、控訴人にたいして、食確法第七条第一項に要求される農業計画の指示をしなかつたと認めなければならない。ところが、右指示があつてはじめて農業計画に定められた供出数量が、その指示をうけた者が食糧管理法第三条第一項の規定によつて政府に売りわたすべき数量となり(食確法第七条第二項)、農業計画に係る生産者が同法第三条第一項により特定の主要食糧の一定数を政府に売りわたすべき具体的義務が発生し、この義務を履行しないときはじめて、政府はその所定数量の主要食糧を収用し(昭和二十一年勅令第八十六号食糧緊急措置令第一条)、不履行者を罰することを得るにいたる(食糧管理法第三十二条第一号)と解するのを相当とする。

被控訴人は右と反対に、農業計画の公表当時生産者が農業計画を知つた以上は、供出割当数量の通知が、甲第一号証の一、二の交付によつて、前記のごとく遅れてなされても、食確法第七条第一項の指示としての効力を有する旨主張する(この判決の事実の項被控訴人の陳述(三)参照)。いつたい、知る知らぬということは、ある人間の心理的事実であつて、他人が五感によつて直接に知ることのできないことである。従つて、ある人がある時においてあることがらを知つていたかどうかを判定することは、必ずしもたやすいことではなく、判定をあやまりやすいところである。不履行の場合には政府の実力行使によつて実現をはかることができるばかりでなく、刑罰を科することもできるという重大な義務の発生を、前記のように判定の困難な事実のあるなしにかからせることは、正善なる者を苦しめ、奸悪な者を利するの結果を生ずる危険を、好んでまねくものである。実に生産数量及び供出数量の割当等を「公正に」行わうという食確法の目的に反するのである(食確法第一条参照)。被控訴人の主張は採用することはできない(のみならず、本件においては控訴人が農業計画の内容をその公表当時知つたという被控訴人主張を認めるに足る証拠もない)。

以上の次第で控訴人については、昭和二十四年度産の麦類供出の義務が具体的に発生していなかつたのであるから、昭和二十四年八月八日被控訴人が控訴人にたいして小麦一四俵一〇貫九五〇匁を同月二十日に限り政府へ売りわたすべき旨命じた行政処分は、義務なきことを命ずる違法な処分であるこというまでもない。控訴人が食糧管理法にいう生産者であるかどうかも本件における争点であるが、前述のとおり、かりに控訴人は生産者であるとしても、右行政処分の違法なことすでに明かであるから、この点についての判断はこれをはぶく。すでに、かようなわけで、前記行政処分の取消を求める本件請求は理由あるものとして認容すべきであるからこれに反する原判決はまことに失当であつて取消をまぬかれない。よつて民事訴訟法第三百八十六条第八十九条第九十六条にのつとり、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 藤江忠二郎 判事 山口嘉夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例